池田街道を下る
明智戻り岩編の続きである。
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これは先週の土曜日に行った出来事なので旬の記事と言う訳だ。
昨日の木がなぎ倒れていた所から更に進むと今度は障害物が無い。
このショットは自分で言うのも何だが、綺麗に撮れている。
まさにベストショットだ。(今日何回目の発言だ。・・・)
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木が一本倒れているが別段どおってことない。
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枯葉が落ちまくっていて地面が見えない。
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岩の所に何やら石碑が立っている。
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その石碑の画像だ。
道教界?・・・・真ん中の漢字が読めない。
何て書いてあるのだろ?
はたまた何の意味があるのだろう?
意味不明だ。・・・・
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コメント
奉納のところでも記したのですが、境界石柱は、「道敷界」と読み取れます。
堰堤ができたのは、昭和31年のようです。一番下流の堰堤には、この年号があります。上流の2つには、年号が発見できませんでしたが、同じ頃の建設と思います。
したがって、祠の上方に続く、やや足下の危険な巻き道は、その頃に新たに開削されたものであり、この境界柱も、その際に設置されたものでしょう。間隔をおいて、道の敷面と山側との境界に立っているように思いました。
それよりも、浜田謙次論文に記載された地蔵磨崖仏が、ここの写真に写っていたことに驚かされました。私の1回目の探勝(10月13日)では、この地蔵は見落としていました。このHPで、地蔵が写っていることに気付き、浜田論文で、裏付けがとれたというわけで、2回目の探勝(10月28日)で、確認することができました。
浜田論文については、「再び明智の戻り岩へ」「明智戻り岩」および「奉納」へのコメントをご参照ください。
投稿: 柴田 | 2007年10月30日 (火) 00時00分