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2006年12月27日 (水)

池田街道を下る

明智戻り岩編の続きである。

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これは先週の土曜日に行った出来事なので旬の記事と言う訳だ。

01_12

昨日の木がなぎ倒れていた所から更に進むと今度は障害物が無い。

このショットは自分で言うのも何だが、綺麗に撮れている。

まさにベストショットだ。(今日何回目の発言だ。・・・)

02_11

木が一本倒れているが別段どおってことない。

04_4

枯葉が落ちまくっていて地面が見えない。

05_6

岩の所に何やら石碑が立っている。

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その石碑の画像だ。

道教界?・・・・真ん中の漢字が読めない。

何て書いてあるのだろ?

はたまた何の意味があるのだろう?

意味不明だ。・・・・

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明智戻り岩(完結)」カテゴリの記事

コメント

奉納のところでも記したのですが、境界石柱は、「道敷界」と読み取れます。

堰堤ができたのは、昭和31年のようです。一番下流の堰堤には、この年号があります。上流の2つには、年号が発見できませんでしたが、同じ頃の建設と思います。

したがって、祠の上方に続く、やや足下の危険な巻き道は、その頃に新たに開削されたものであり、この境界柱も、その際に設置されたものでしょう。間隔をおいて、道の敷面と山側との境界に立っているように思いました。

それよりも、浜田謙次論文に記載された地蔵磨崖仏が、ここの写真に写っていたことに驚かされました。私の1回目の探勝(10月13日)では、この地蔵は見落としていました。このHPで、地蔵が写っていることに気付き、浜田論文で、裏付けがとれたというわけで、2回目の探勝(10月28日)で、確認することができました。

浜田論文については、「再び明智の戻り岩へ」「明智戻り岩」および「奉納」へのコメントをご参照ください。

投稿: 柴田 | 2007年10月30日 (火) 00時00分

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